60章 出迎えの言葉
学校が終わって普段どおり鈴実と一緒に帰宅。
玄関の扉を閉めた。リビングから誰かの近づいてくる足音。お母さんかな。
「ただいまー」
「おかえり」
「……うん」
振り向きながら帰ってきたよ、と言ったら。お母さんじゃなくてレイが私の前に居た。
あれ? なんでそこ、お母さんじゃなくてレイなの。しかも、さっきおかえりって。さも当然のよーに。
此処、私の家だよね? 立野家だよね、靖の家じゃなくて。外に出て確認するまでもなく我が家。
「ああ、お帰り清海」
レイに後れてお母さんがリビングから出てきた。右手には黒の紙製バインダー。あ、回覧板かあ……
なんとなくそれで予想はついた。レイは私の横を通り抜けて靴を履いてお母さんに頭を下げると出ていった。
「うん、ただいまお母さん」
出ていくのを目線で追い、扉が音を立てて閉まるのと同時に私はそう言って家に上がった。
レイが回覧板をうちに持って来るとは、考えてもいなかったなあ。キュラならまだしも。
まあ働かざる者食うべからず、かな? 本人が手伝うと言い出したのかはともかく。
私は二階の自分の部屋へと、階段も半分くらい上ったところでお母さんに足を止めさせられた。
「あ、ちょっと清海。着替えたらすぐ降りてきてちょうだい」
「……はーい」
着替えたらすぐに布団に潜りこむつもりだったけど、そう言われたら逆らえない。
でも、そう大したことじゃないだろうし。私は通学鞄を置いて制服を着替えるとすぐにまた一階に戻った。
ダイニングに入ると大きな弁当箱がテーブルの真ん中に鎮座していた。結構大きい。重箱三段が二セット。
「お母さん、もしかして」
「お父さんね今日晩ご飯の時に帰って来れないみたいなの。だからお弁当届けてきて」
あー、やっぱり。そしてこんなに特大サイズなのは工房の他の人たちの分も兼ねてだからだよね。
きっと中身はうちの晩ご飯より手が込んでる。いや、正しく言うなら今日の晩ご飯は重箱の余りなんだろうね。
「加奈と稚奈にはちょっと前にスープとお茶を持っていかせてるから」
え。それってつまり、今から二人に追いついてこいってことなの?
テレビの上に掛けられた壁掛け時計を見上げると五時半前。
私がお父さんの工房まで歩いていくとすると五十分はかかる。
二人はそれよりもゆっくりだから……って計算してる場合じゃなかった。
「何も先行させなくても良いんじゃないの?」
重箱二つを一枚の風呂敷で包んで、お母さんは私にそれを持たせて言った。
「出来たてを届けないと手作りの意味、ないでしょう」
それを言ったら全国の中高生が朝にお弁当持って家を出る意味なくなるんだけど。
思ったことは言わずに私は先に行った双子を追いかけるように家を出た。
だとしても夕方に、年が二桁にも達してない小学生を外に放さないでよー。
多分あの二人のことだからスープとお茶のことなんて忘れて近所の子と遊んでるって。
いや、それを見越して二人を先に行かせたのかもしれないけど。でも夕方は不審者が出るかもしれないのに。
もともとお母さん関係でそっち方面には心あたりがあるし。……不審者の人に知り合いがいるけど。
いまだに敵がいるっていうか、元お仲間の方の不審者は良いけどそうじゃないと困るってば。
足早に工房へ向かっていると、その途中にある公園にさしかかった。多分まだ此処にいるはず。
園内に入ると入り口に見覚えのある二つの大きな水筒があった。
転がってないのは、良いんだけどね……二人ともやっぱり遊んでたよ。
お母さん、どうしてわざわざこうなるって承知の上でさせるかなあ。
私に手間がかかるようになってるよーな。わざとじゃないのかって、疑うほどでもないけどさー。
重箱の入った風呂敷を植え込みのブロックの上に置いて私は二人の姿を探す。
誰かと隠れんぼしてるのかもしれない。丸い敷地内の中なのに見回しても二人の姿がない。
でも、絶対にまだこの公園の中にいる。
それにもし隠れんぼをしてるなら……遊具の下に隠れてるだろうね。
加奈と稚奈のことだから、二人が別々に隠れたりもしない。一緒にいる。
だとすれば答えは簡単。私はアタリをつけて遊具のもとへ。すべり台の周囲をぐるっと回る。
すると、入った時はちょうど死角になってた場所に二人がいた。
そこはすべり台の裏側に掘られた小穴で、深みがあって二人が屈んで入るにはちょうど良い広さだった。
昔は私も靖と一緒に、近所の子たちと隠れんぼのときは此処に入ってたからなあ。
たとえ死角じゃなくてもちょっと立ち止まって見ないと二人は見つからないような場所。
んー、でも待ってよ? この小穴、確かに見つかりにくいけどその分、慣れてるとすぐ見つかるんだよね。
ここら辺の子供なら誰だってこの小穴のことは知ってるから。だから次第に誰も此処には隠れなくなる。
「あ。加奈、稚奈」
「あー、お姉ちゃん」
「お姉ちゃんも鬼なの?」
「違うよ。二人とも誰と隠れんぼしてたの?」
屈んで二人と目線を合わせる。何も二人同じ所に隠れなくても……スペースは十分あるにしたって。
あー、でも私も二人のことをとやかくは言えないか。私も靖と一緒に入ってたんだし。
「金髪のお兄ちゃんとー」
「とみちゃんとようちゃんとあっちゃん。みんなはもう見つかって帰ったの」
金髪のお兄ちゃん? そんな人ここら辺にいたっけ。いや、もしかしてその人って不審者じゃ……
帰ったんじゃなくて連れ去られて。二人だけ偶然にも見つかることがなくて他の子は何処かに。いや、まさか。
「清海ちゃん?」
「うわっ……って、あ。キュラ?」
背後からいきなり声を掛けられて振り返るとそこには夕日に照らされたキュラがいた。
いつの間に足音もなく……ああびっくりした。ちょっと心臓が早まったよ。キュラは悪くないけど。
そのキュラはというといつもの笑みを浮かべて私の奥にいる二人を覗き込んだ。
「二人とも、みーつけた」
「あ、お兄ちゃん」
「お姉ちゃんがそこいるからー」
あー、なるほど。金髪のお兄ちゃんってキュラのことね。確かにキュラは半分金髪。半分は緑の髪だけど。
私の中ではどうにも緑の人って感じなんだよね。だって目も緑系の色だし。
「まー見つかっちゃったし」
「うん。お姉ちゃん、出してー」
「キュラのお兄ちゃんも出してー」
二人とも両手を伸ばして出して出してーと連呼した。一人じゃ出られないらしい。
私とキュラは顔を見合わせた。もしかして、だから二人一緒に此処に入ってたのかな?
もともと笑っていたキュラは苦く笑い声をたてて、私もなんとなく笑ってしまった。
公園内で響き合う笑い声に双子の疑問声がコーラスとなって、それにまた笑わずにいられなくて。
笑いこけそうなのを堪えて腹を抱える私とキュラに二人はきょとんとしていた。
そういえば、どうして昔の私はいつも靖と一緒に此処に入ったのか思い出したよ。
見つかりそうになったとき、脱出しようにも一人じゃ無理だったけど。二人一緒なら抜け出すことが出来たから。
いつしか二人では入れなくなって、そのうち一人でも出入り出来るくらい身長が伸びて。
そのくらいの歳にもなると、もう誰も隠れんぼをやろうとは言わなくなった。そして次第に忘れていった。
「じゃあね、キュラ。面倒見てくれて本当にありがとう」
「またね、お兄ちゃん」
「楽しかったよー」
二人に水筒を首から提げさせて私たちは公園を抜けた。キュラも抜けるまでは一緒だった。
私と双子はお父さんの工房へ、キュラは滞在先の靖の家へ。進む方向は反対だから。
「うん、僕も楽しかったよ……ありがとう」
「また遊ぼうね」
「また明日ね」
二人はキュラを見上げてにっこりとすると頭撫でてーとせがみ始めた。随分懐いてる。
キュラは加奈と稚奈の懐き具合にちょっと戸惑いをみせてから、軽く頭に触れた。
そうされると二人はたたたーっと走って距離をとるとバイバイと叫んで手を振った。
「……二人とも可愛いね」
「うん、まだ甘え盛りだから」
お姉ちゃんはやくー、と二人が私を急かす。二人とも自分たちペース。
「あ、あんまり先に行ったら駄目だよー!」
私も軽くキュラに挨拶して二人に追いついた。あんまり遅くなるとお父さんに悪いよね。
清海ちゃんたちの姿が見えなくなるのを確認してから、僕はくるりと背を月に向けた。
太陽はまだ沈んでいない。けれどそれも、もうすぐのこと。月と星だけが制空権を得たのなら。
地上には魔物が来る。この土地にある異世界との扉から。扉が開いてからでは、逃げるには遅い。
この土地にどんな決まりがあるのか知らない。本来は僕が入ってくることではないかも知れない。
でも……たとえ、今日の数時間だけの縁で、それが本当の僕を知らないからだからだとしても。
何も疑わずに笑って無邪気に駆け回って。僕を振り回してくれた小さな子たちの為にも。
たかがそれだけのことでも、良いじゃないか。僕の手で止めよう、魔物の襲来を。
どうせそのことも兼ねて僕をこちらへ飛ばしたんだろう、光奈は。どこまで予測していたのか。
前に、異世界との扉が緩んできたとこぼしていた。彼女は考えもなしに言葉を漏らしはしない。
今宵、誰の目にも留めることのないように。平穏が崩れることなど感じさせないように。
初めから異変などありはしなかったように。魔物という存在はこの世界にはないのだから。
「僕が魔者であるとしても光は、使える。みんなは、変わらなかった」
それがみんなのくれた僕への答え。人でなくても一緒にいて良いと。それが、普通なんだと教わった。
許されたのなら護ることに何も躊躇わないよ。
地上から、太陽がいなくなった。異世界と繋がる。
「また明日……うん。僕には約束があるから」
だから。その約束を守るためにも、守ってもらうためにも。
地が揺れる。風の音に不気味なざわめきが混じった。魔物が、扉から這いだしてくる。
けれど一定の範囲からは進んでこない。それはそう。何も用意をしていなかったわけじゃない。
日が明るいうちから、子供たちの隠れんぼの相手をしつつ異世界の扉の周囲には結界を張り巡らせていたのだから。
時間さえ許されれば僕は上位の魔物三体は一つの結界に閉じこめられる。魔力だけならラーキさんにも劣らない。
魔物は結界内を這いずりまわり続ける。ずるずると現れ続け、ぶつかりあっては互いに威嚇する。
結界の外へと出ようとすれば結界に触れた瞬間、その存在は消される。だけど、それでもまだ。
「光の色よ、その何者も逃さぬ力を以て喰らえ」
放った魔法は触れた魔物すべてを消した。光魔法が、闇に属す魔物の天敵たる所以。
闇は光を受ければ己を保てない。光は闇を潰す。表裏一体のようだけど、その関係性はあまりに一方的だ。
お弁当を届けた帰り道、靖とあった。靖は私を見るなり私の肩を掴んだ。
「なあ、キュラ見なかったか!?」
「キュラ? さっき見たよ、あっちの公園で」
「靖お兄ちゃんどうしたのー?」
「慌ててもソンだよ?」
靖にどうかしたのかなんて聞くまでもなく、焦ってる。キュラ、どこかで迷子にでもなったのかな。
極度の方向音痴でもないならこの周辺で迷うことはないと思うけど。
靖の顔にはキュラが帰ってこないって書かれてる。
私が指を指すと靖はお礼も言わずに駆け去っていった。……うーん、かなり慌ててるなあ。
本当は一緒に探しに行ってあげた方が良いんだろうけど。でも私は加奈と稚奈を連れてるし。
家に帰らないといけないから気をつけてね、と心の中で言って靖を見送った。
多分、今の時点でもう門限過ぎてるからなあ。理由が理由だからお母さんに怒られたりはしないけど。
門限には勝てない。門限過ぎてるのに家の外に出ようとして見つかったら、また外出禁止令が出るんだもん。
まあ、キュラの居場所は教えたし。特に心配いらないよね?
だぁーっ、何処に行ったんだよ品行良しのキュラは! うちの門限は七時って前に言っただろー?!
今が何時だと思ってる! もうとっくに六時半過ぎてるんだよ。
家に帰るなり、キュラ探して来いって言われて既に一時間近く経ったのにまだ見つかりやしない。
「おーいキュゥラアァァッ!」
昼間に出かけたきり帰って来ないらしいし、行き先は誰にも告げてやしねーし。
お前教えられなかったのかよ。外出するなら時間と行き先は告げていけって。
母さんはキュラ探して連れて帰るまでは晩飯食わせてくれそうにないし。いや、口では言ってはないけど。
でも俺、レイとキュラの二人を居候させる条件として二人の世話をするって約束したし。
約束した以上、言われる前にキュラを門限までに家に連れ戻さなきゃいけないんだよっ!
「近くにいるなら返事しろ! おいキュラーッ!」
もしたとえ今あいつが不良やチンピラに絡まれてたりしても……この、肩の木刀で何とか助ける。
さすがに銃刀法くらい、俺でも知ってるから真剣はどんな場合だろうと許可がない以上、使えない。
まあ剣道で鍛えた身体だから、本当の所真剣よりも竹刀や木刀の方が扱いは慣れてるんだけどな。
でも悠斗が剣道は剣道の相手以外では隙が有りすぎる武道だって言ってたし……剣道と剣術は、別物。
「くそっ……こっちにも、いないのか?」
ゲームの主人公みたいになりたくて、足の速さだけは伸ばし続けていた。
徒競走ではいつも一番か二番。クラスや学年でもトップを取れる様に。
異世界に渡ってから足の速さは、存分役に立った。ゲームの剣の型を真似てみて、わかった。
剣道は、スポーツの域を出ない。剣術は……生き物の命を奪う術だって、漫画にあった通りだった。
「いや、でも。清海が見たっつーんだからやっぱり」
此処では、俺はどんな場合だろうと人と対峙した時に剣術は一切使わない。不利でも、剣道をいく。
木刀は傷つけたり怪我させたりする為には振るうな。人を狙うんじゃない、型を放つだけだ。
レイやキュラの詳しい事情や生い立ちなんて知らないし聞くつもりもねえ。
暗い重い過去があったんだろうなってのは解る。でも、だったら。
俺は平々凡々に中坊やってんだから、此処は殺生のやりとりなんてする必要はねぇって。
そうわからせてやらないと。戦場育ちが算段つけたり策略考えたりする必要があるほど此処は物騒じゃねえよ。
「出てこーい、迷子おぉ!」
でもアレだな。日本人らしからぬ名前をこうも連呼してると。
ハタから見たら迷子の犬探してるみたいに思われてんのかな。
さっきからすれ違う人たちの視線がちょっと生温いっつーか変に優しい?
「キューラァ……ぁあー! いたなお前!」
清海の言う、公園あたりまで辿り着いた。階段を登ったその先、中央に金と緑が見えた。
髪の毛が上下でキッパリ二色になってる奴なんてそうそういない。
俺はキュラの名前を呼びながら階段を駆け上った。で、驚いた。
階段を登るまではキュラ以外に何もいなかった公園の敷地内で這いずりまわる生き物がうじゃうじゃと。
「うおっ。なんだ、これ魔物なのか?」
「靖くん!? 来ちゃ駄目だ!」
「は? 何のことだ。魔物なら別に心配いらねーじゃん」
「駄目だよ、危ないから! ああこれじゃ――光の色よ黄昏に潜み千夜の闇を討て!」
とりあえず、やたらと地面を這いずる生き物は普通の蛇やら何やらじゃなかった。
人間と動物と植物以外となると、俺には魔物しか心当たりがない。
いやだってさー。人の顔ほどもある大きさのナメクジってあり得ないだろ? 突然変異にしても。
魔物っつーのは別世界の生き物らしいから、まあ世界が違えば標準サイズも違うのかもなー。
まあ、そんなわけで普通のよりビックサイズのと、そもそも骨格が標本に載ってないような珍生物とか。
そんなもんが光の柱の中で蠢いていた。どうもその外には出られないらしな、うん。
よくわかんねーけど俺らに害はなさそうだ。お、同種なのに威嚇しあってら。
人畜無害なら相手にするまでもないな。となれば、取るべき行動は一つ。
「光の精霊エルドリアの子、悪戯に」
『むんずっ』
「だーれが悪戯小僧か。こーの迷子のすけ。帰るぞ、門限近いんだよ!」
俺はキュラの抗議にも耳を貸さずに手首をひっ掴んで公園を後にした。
レリがいれば本当に問答無用で連れて帰れるんだけどな、首根っこのあたりを掴んで。
公園を出るまではキュラも帰らまいと踏ん張って面倒だったが、俺の勝ち。
まあ途中で引き返そうと逃げられるわけには行かないし、そもそも門限まで時間ないし。
キュラの手首を掴んで家まで全力疾走だ。俺の飯のためだ、逃がさねーぜ。
『ガチャッ』
「おっ」
「わっ、ちょっと靖くん!」
公園にいたキュラを見つけてうちに帰ってきた俺の本能は腹が声高々に空腹を主張する前に叫んだ。
「あー、わりぃ。っと、母さんメシー!キュラ、見つけてきたぞ」
「扉をくぐる前に手を放して欲しかったよ……」
「おーおー、門限を破って注文をつけるのはこの口か?」
ぐいーっとキュラの頬を軽くつまんでハムスターの頬袋になるまで遊んで指をぱっとひろげた。
その頬を当人がさすっている間に居間から母さんが出てきて、すっかり遅くなってと言って笑った。
俺のことも責めてるんだろうか、と思いつつも靴を脱いで俺は廊下にあがった。
もう一つあるはずのキュラの靴音が聞こえなかった。首を後ろに回すとしょげていた。
「ごめんなさい……」
「いや、さっき扉に頭をぶつけかねなかったのは誤るけどさ。悪かったよ、ごめん」
ちょっとからかいに対して反応が素直すぎてこっちが返しのリアクションに困る。
ここは軽く怒るか笑いに橋って滑るとか一言余計なことを返すもんだろ。
そう言ってやったらキュラは少し間が経ってからそうなの、と口にした。
「そうよ。いいこと言ったわ。んー、でも靖の場合は言い訳がましいのが多いのよねぇ」
「それこそ余計な一言だ、母さん」
「親に向かってそんな口聞かないの、ほら晩ご飯にするわよ」
「待ってました! あ、レイもちゃんといる?」
「もちろん。それに瑤と蒿もちゃんと待ってるわよ」
だから二人とも早く来なさい、と微笑んで母さんは居間にまで戻りきった。
それでもまだ、キュラは棒立ちで動かない。しかも何故か真顔で。
「どうしたんだ? キュラ」
「……靖くんの家は、あったかいなって」
「あー、いいもんだろ、うち」
「うん。うらやましいな」
「なーに他人事みたいに言ってんだ、お前はその客人だろ」
この世界じゃ、俺のうちがお前の家だってことに気づけよ、とむき出しの額を小突いて俺は居間に入った。
「たっだいまー」
「あ、ただいま……戻りました」
『お帰り』
居間に揃った全員がキュラにそう返す。 レイもぼそりと言ったことには驚いたけど。
眼光の鋭さに誰も茶々を入れる勇気は持たなかった。
まあ、でもそういえば今朝おはようって言ったらちゃんと返事したもんなこいつ。
見た目に反してレイのほうがキュラより順応性が高いということが発覚した夜だった。
続く
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